一汁三菜の始まり
日本の食のスタイルは、弥生時代に始まった稲作によって決定づけられたと言われています。
定期的に収穫できる米はそれだけでもかなりの栄養がとれることから、主食となって現代でも大切な主食とされています。
米を補うための雑穀も食べられていましたが、米(雑穀)が主食、副食として野菜や山菜、海・川でとれる魚や海藻、貝類などを食べる習慣が生まれました。
そして鎌倉時代、禅宗の僧侶によって精進料理が伝えられ、「一汁一菜」や「一汁三菜」の食事スタイルが広まったようです。
一汁三菜とは、主食のご飯と汁もの、それに3種のおかずで構成された「和食の基本スタイル」ですが、これは安土桃山時代に千利休が確立した「茶懐石」の献立が元になっています。
質素ながら四季折々の旬の素材を使って、もてなしの心で作る茶懐石の一汁三菜のスタイルが、日本人の食文化として伝えられてきたのです。
ご飯でエネルギー源となる糖質(炭水化物)をとり、汁ものとおかずで水分とその他の栄養素をとります。
おかずは魚や肉、卵などのタンパク質を中心とした主菜に、野菜やいも類、豆、きのこ、海藻など、ビタミン、ミネラル、食物繊維をたっぷり含んだ副菜を組み合わせます。
いろいろな素材を使うことで、自然にさまざまな栄養素をとることができる点が優れているといわれています。
和食では、通常、3種のおかずは「焼き物」「煮物」「なます(和え物や酢の物)」といった、異なった調理法の料理で構成されます。